7月20日って、なんとなく夏休みが始まるぞという感じがしますよね。今年もおそらく小中学校はもう夏休みに突入というところなんじゃないかなと思います。僕くらいの年齢になると、それくらいの子供がいる家庭もかなり多いので、みなさん明確に分かっているんでしょうけど、僕はさっぱり分かりません。もう長年分かりません(笑)。
梅雨明け後の日照りの日々を過ごしていまして、とても暑いですね。今まだ9時前なんですけど、だいぶ汗もかいて、水やりの仕事にひとしきり区切りがついたので、休憩がてらに喋っています。畑の向かいにゴミ収集業者さんがいらっしゃるんですけど、珍しく激しく音を立てていますね。今日、瓶の回収日なんでしょうね。普段こんなにうるさくないので、うっかり喋り始めてしまいましたけど、まあ喋れるときに喋らないと喋れないので、もう続けちゃいます。
畑のほうはそんな感じで真夏をやっておりまして、そろそろ秋の準備というのを視野に入れて動いていかなきゃいけない時期に差しかかっています。たとえばブロッコリーの類ですね。僕はあのモコモコの塊のブロッコリーを食べるのは別に嫌いじゃないんですけど、どちらかというとスティックセニョールみたいな、いわゆる茎ブロッコリーのほうが断然好きなんですよね。茎まで食べるっていう感覚がアフォーダンスとして伝わってくるというか。ブロッコリーの軸って捨ててしまう方も多いですよね。あれ、刻んで炒めたり漬けたりすれば食べられるので、食べることをおすすめしますけども。
茎ブロッコリーは調理もしやすいんですよね。塊のやつって、あのバラすのがめんどくさいじゃないですか。花、いや花じゃないですね、つぼみが。つぼみがバラバラ散るのがめんどくさい。茎ブロッコリーだとそういうことは多少はありますけど、少ないんですよね。ということで、茎ブロッコリーを秋冬の主産物にしていきたいなという気持ちが強くあります。
で、今回僕がトマト、ナスをやった物量というのは、作業量的には僕がもうちょっと熟達すれば2倍は余裕、道具とかいろいろまだ工夫の余地があるので、来年は2倍余裕だな、3倍まで目指したいなと思っているくらいなんですよね。そう考えると、今想像しているブロッコリー量の2、3倍植え付けないと、売り上げの面も不安だし、作業的にもまだできるなという感覚になるだろうなと思うので、300株くらいは作りたいですよね。コストの問題もありますけど、自分でやることに意義を感じている部分もあるので、種からやろうと思います。なので、そろそろ種まきをして苗を育て始めましょうという時期に差しかかっていますと。
僕、葉物が苦手でしてね。今も空芯菜を植えてますけど、生育初期にスケジュールの関係で水やりが十分じゃなかった部分もあって、株数がまだ全然足りないので、これも追加発注していきたいなとは思っています。
夏野菜のナス、トマト、キュウリは、今回は栽培自体は成功と言っていいですね。技術に関してもどんどん日々研鑽しています、という感じで。でも来年に向けて思うのは、技術だけじゃないんですよね。いくら本を読んでも、YouTube動画を見ても、生育の段階の「間々(あいだあいだ)」って誰も教えてくれないんですよ。実際に自分で育ててみて、ああ、なるほど、トマトって緑の状態がこんなに長いんだ、とか。YouTube動画だと、はい、定植のやり方はこうです、水を挿して、必要なら農薬を入れて、肥料は先にこうやっておいて、はい、次、これくらいで収穫します、みたいな感じじゃないですか。間が分からないんですよ。農家の種なんかはそこらへんよく理解して動画を作ってくれてますけど、それでも定植しました、次、はい芽かきです、みたいな感じで、やっぱり間が分からない。まあ文句を言っているというより、だから自分で最終的にはやるしかないよ、ということを言っているわけです。
今回、ナス、トマト、キュウリを一連のサイクルとしてやって、かなり勉強になりました。次の自信にもつながったし、基礎的な観察力を鍛えるという意味でも良い経験値になりましたね。どれくらい植えるとどれくらいの物量が出てくるのか、というのも、自分の作業スタイルによって変わってくる部分があるので、これも勉強になりました。
来年、ナスは3倍いきます。キュウリは逆に、今20〜30株くらい植えてるのかな、これくらいで十分かなという感じですね。本当に毎日次から次へと出てくるので、毎日10本取ってもダメで、20本くらい回収していかないと巨大化しすぎてしまうサイクルなんですよね。僕、専業じゃないので、365日毎日畑で全部の作業ができるわけではありません。なのでこのスタイルだと、キュウリはこれ以上増やすと厳しいかなという感じです。管理作業は比較的楽なので良かったなと思ってます。管理作業が難しいのはやっぱりナスですかね。面白いですけどね。
で、売上の話をすると、昨年「20万円売り上げるぞ」とか言っていたのが、どれだけ高い目標だったのかということを、今まさに思い知らされています。毎日1000円から2000円、マックスで3000円くらい売り上がりますけど、出荷できる量も毎日変動して安定はしないんですよね。仮に下限を取って毎日1000円売上が上がったとしても、月間で3万円、年間で36万円。でも絶対に出荷するものがない時期って必ずありますから、8ヶ月の稼働だとすると24万円。これだけやって24万円だよ、っていうことを確認している最中、という感じですね。
会社が倒産しました、というより、倒産させられました
畑の話が長くなりましたけれども、直近は「会社が倒産しました」という話のシリーズをある程度残していきたいなと思っているので、その話をします。
前々回、会社が倒産したけど僕はそんなに落ち込んでいなくて、社員たちもゲラゲラ笑って最後を過ごした、みたいな話をしました。もちろん「良かった」と言うのは違うんですけど、まあ倒産と聞いてビビるほどの悲劇が起こったわけではありません。ただ、どういう経緯でこうなったのか、それに対して僕がどう思っているのか、という話は、その前提を先に置いておかないと意味不明になっていくので、まずは経緯を書き留めておこうかなと思います。
10年遡りましょうか。10年前に僕が、とある会社を0円買収という形で社長を引き継いで、10年間経営してきました。0円買収というか、微簿価格って言いますけど、お金を動かして履歴を残しましょうということで、200株に対して1円払いましたね。1株あたり、すみません、算数できないので割り算はできませんけど(笑)、まあそういう価格で買収する形で代表をやり始めました。
これって、一般的なM&Aとはちょっと性質が違うんですよね。つまり僕は「頼まれたので引き受けました」という形で買収しています。これが僕から「自分でやりたいから売ってくれ」と打診した流れであれば、絶対にこういう形にはならないんですよ。当時、会社の資産は全然なくて、むしろマイナスでしたけど、それでも売り手が2000万、3000万、5000万と言ってくることもあります。未上場株式の価格って、基本的に売り手と買い手の合意によってしか形成されないので、売り手はいくらと言ってもいいし、買い手も「債務超過だから0円ですよね」と言ってもいい。とはいえ「僕が参画すれば改善して3年以内に利益5000万くらい創出できそうだから、間を取って3000万で買います」ということもできるんですよね。
今回は、創業社長がどうしても変わってほしいと。お金はいらない、途中で売却してもらっても構わない、ただし売却した場合はそのうち70%を創業社長に渡す、という約束でした。目標価格として1億円くらいの売却を目指せれば、彼は後日7000万円を受け取るというプランで、0円買収に着手しました。これが二人の合意だったという感じですね。
そこから経緯はいっぱいあるんですけど、何年も経営して、途中で一度売却をして、創業社長には7000万は渡せませんでしたけど、半分くらいはどうにか渡して。で、その後、売却先の当時の親会社が財務危機を迎えたので、そのタイミングで僕が買い戻しました。これは別に人助けのためじゃなくて、その売却先の社長と縁を切りたかったという強い動機があったんですよね。この話はただの個人攻撃になるのであんまりしませんけど、あまりに利己的で、社会善みたいなことに関心が全くなく、自分のポケットマネーと名誉欲だけ、というタイプで。付き合わされている人たち全員かわいそうだな、俺も含めてかわいそうだな、脱出したいなと思っていたところに、親会社が危機を迎えました。当時管理部門長だった僕は親会社のバランスシートを全部把握していたので、「ここに積んであるこの数千万円の有価証券を、僕がその額面で買いますよ」ということで脱出したんですよね。それが5年前くらいかな。
その後も経営を続けて、利益を出したり出さなかったり、資金繰りを先手先手で手当てしていくとか、まあ一般的な経営の苦労をずっとやってきました。資金繰りは案外得意らしくて、会社を潰さないスキルはすごいなと自分で思いながらやっていました。
で、2年前に再度会社を売却したんですよね。これも僕はずっと断っていたんです。そのM&Aに魅力的なシナリオを感じなかったのと、あと僕が個人的に関わって維持している会社が2、3個あったんですけど、そこの代表を降りろとか、役員を降りろとか、清算しろとか、僕の個人領域に踏み込んでくることを言ってきたので、「であれば結構です」と断っていました。それが妥協してもらえて、くどきにくどかれ、料亭みたいなところに3回4回連れて行かれて、しぶしぶ首を縦に振って売却したんです。でもお金は大してもらえませんでした。まあお金をたくさんもらいたくて売り買いしているわけじゃないので、そこはどっちでもよかったです。ただ僕、会社を買い戻すという乱暴なことをしたときに借金を負っていたので、これが綺麗になるならいいですよ、という条件だけを出していましたね。
そこからたったの2年です。1年目は新しい親会社の支援もあって利益を出して着地して、2年目も同じ延長線でいきましょうね、となりました。「まとまった支援を今期もするから、このプランで行ってくれ」と言われて、じゃあやりましょうという形で進めていたんですけど、半年くらい経ったときから雲行きが怪しくなってきました。約束した支援が全然降りてこない。「これどうなってますかね」と繰り返し言っていたんですけど、いよいよ期末が差し迫って、次の期の予算を立てなければならないとなったときに、その一つ手前で「支援はできないから予算を下げてよい」という結論が出たんですよね。あらあらあら、ほんまかいな、と。
翌年度の予算も、当然黒字予算を立てて進めなければなりません。それ自体は宿命的にそうだよね、と納得はしているんですけど、支援はできないので自分たちで黒字を出してくださいと言われたわけです。単独独立独歩でやっていれば、そりゃ利益を出しに行きますよ。でもそのときに使う能力って、オーナー社長的な能力なんですよね。友達の会社に頭を下げて仕事を回してもらうとか、営業活動費を予算として立てて、その活動費で売上を作っていくとか。それは僕はやってきたんですよ、ずっと。
だけど、親会社が協力できないと言っている、黒字を出せと言っている、僕がオーナー社長でもなく雇われ社長であるのに、個人的なパワーを使うのは理にかなっていないから、それはやりませんと僕は言うわけです。親会社がオーナーなんだから、親会社のパワーを使いなさいよ、という要求を出したんですけど、それもできないと言われてしまいました。であれば、じゃあ僕が退陣しますねと。僕がいるだけで、給料の額面以上にコストがかかりますから、だいたい1500万くらいは利益の押し下げ要因になるんですよね。本来なら僕は売上を5000万とか8000万持ってくるので問題ないんですけど、その下地がない中で高額報酬を受け取るのは僕自身が嫌でした。であれば僕が退陣してコストを下げれば、黒字かトントンまではいきますよ、そのプランでどうですか、と提案したんです。
そしたら、「その会社、ある意味もう存在意義ないんで、倒産させましょう」となっちゃったんですよね。清算しましょう、と。これが結構びっくりで。いやいやいや、っていうのが僕の感覚なんですよ。買収して会社の維持拡大にコミットしたんであれば、僕がいるいないじゃなくて、むしろ渡りに船じゃないですか。買収先の代表が自分から降りると言ってくれている。これ、親会社の立場からしたら、自分たちの文化を注入する一大チャンスだなと思うべきだと思うんですよね。何をやるにも僕にお伺いを立てなきゃいけないという環境がなくなるわけですから。
オフィスを借りて全員出社に変えるもよし、人事制度を親会社と同じものに入れ替えて、売上を上げられない人は給料が下がる、上げれば上がる、というスタイルを注入するもよし。僕がやっていた会社は、正直、自社開発をやるぞと決めて立ち上げた企業でもないし、その人員体制にも評価基準にもなっていない、営業機能は全部僕が担っている、という不自然な状態でどうにか食っている受託会社だったんですよ。僕の信念からすると、この会社は社会にとって必要ないんですよね。最先端の技術を取り込んで事業会社の役に立ちまくるんだ、というコンセプトの受託会社ならあっていいと思うし、一定量必要だとも思う。でも規模でいえば社員100〜200名、売上2、30億くらいの大ぶりでやってこそ、バックオフィスも営業も平準化されて、誰かひとり辞めたくらいで揺るがない体制になります。それはコンセプトとしてありだと思ってます。ただ、僕がそれをやろうとしていなかった、というだけの話なんですよね。
なので、作り変える分にはご自由にどうぞと思いましたし、僕はそこにはいません。いる必要がないと思うので、いませんとなるわけです。まあそれによって僕は職を失うし、お金もだいぶダメージを受けます。1000万くらいまだ借金が残っていて、今回、破産管財人という第三者が債務の整理をする、法的にそうなるらしいんですけど、当然「できるだけ早く返してね」と言われますよね。で、僕は「できるだけ遅く返したいです」と言う。はい、議論スタート、というのをこれからやらなきゃいけない、はなはだ面倒くさい状態に巻き込まれています。
ここで強く思うのは、雇われ社長が個人的・金銭的な負担を背負うのはおかしくないか、ということなんですよね。僕がオーナー社長だったときは、銀行借入の連帯保証に個人的に入っていました。昭和から続く古き良き連帯保証制度の中にいたわけです。でも今、僕は雇われなので、それは当然外してもらっています。だったら会社の倒産にあたっても、いや、僕はただの雇われなので、そこの負担はしませんよ、と。従業員とはポジションが違うので、やるべきことはやりますけど、金銭負担を僕に回してくるのはまずくないですか、ということは強く主張していかないといけないんですよね。
これって、たとえば東芝の関係会社かなんかが倒産しましたというときに、雇われ社長にその金銭的債務の責任を負わせますか、という話です。「うちは中小企業なんで、それとこれは違うよ」と言われれば、ああそうですか、という部分は一部ありますけど、でも構造的には同じこと言ってませんか。3000億の赤字があったときに、雇われ社長ひとりの人生を潰します? 潰したところで何も回収しきらないですよね、っていう。
ちょっと話が拡大しすぎてしまいました。流れの話だけをするつもりだったんですけど、これから始まるであろう立ち回りの予感みたいなところまで喋ってしまいましたね。まあこんな感じで、僕としては「会社が倒産してしまった」というより「倒産させられてしまった」と認識しているというか、そういう認識も可能だなと思っているのが現在地です。
僕としては、非常に驚きの判断が出たなという感じです。かといって、この会社に自分が必要ないと思っていること、この会社自体が僕にとって必要ないと思っていること、これについては何ら変わらないので、倒産というカウンターを出されたときも僕は折れませんでした。おそらく相手は、「会社を潰すぞ」と言えば僕が「それは嫌なのでもうちょっとやります」と泣きつくと思ったんでしょうね。踏みとどまらないですよ、こっちは、と普通に思っているし、まあ相手は読み違えたよね、と。全く舐められた話だと思ってます。
やばい、最後にちょっと出ちゃいましたけど、今回の件に関して、僕は激怒しています、という話でした。禍福はあざなえる縄のごとし、なんて言葉もありますけど、どっちがどっちなのか、まだよく分かりません。じゃあ、かなり長くなってしまったし雑音も多かったので、今日はこの辺で。
※この記事はポッドキャスト音声データを元にClaudeが書き起こし、編集したものです。
