朝、雨が降ってくれたおかげで水やりをしないで済んだので、畑仕事がかなりはかどりました。さつまいものツル返しをして、雑草を取って、キュウリとナスを収穫して。ナスの害虫被害がずっと止まらないんですよね(テントウムシダマシの幼虫だと思うんですけど、そのうちバチルス剤でもかけようかしら)。まあその話は今日はいいや。
販売の方はというと、順調に伸びてはいるものの、物量的にそろそろてっぺんですね。1日3000円いくかいかないか、コンスタントには出ています。今は僕がキュウリ無双をしていて、出品が少ないので10円20円高めに設定しても当日にはけます。先々週まではナス無双だったんですが、今度は他の人のナスが増えてきて価格競争になっちゃってます。極端に安くするとお互い誰もハッピーにならないので、程よい安さで出すんですけど、それでも5、6袋はさすがに1日では動きません。
僕、出荷の時間が人とずれてるんですよね。朝一に出さない。家の目の前に作業場がある人なら、朝5時に収穫して洗って袋詰めして朝一出荷、みたいなこともできるんでしょうけど、僕の場合は一旦帰って、昼ごはんのついでに流水でしっかり冷えるところまで洗って、拭いて、袋詰めして出します。だいたい昼過ぎ、1時前くらいですね。前日夕方に採って翌朝出す手もあるんですけど、やっぱり一晩越しちゃうので避けたい。15度くらいに保てる冷蔵設備が使えるレベルの農家になれば話は別なんでしょうけど、それは今のところ夢のまた夢ということで。朝採りを昼に出して、売り切れた売り切れないで一喜一憂しています。ジャガイモとニンニクは棚持ちがいいから残ってても焦りません。今日はジャガイモとキュウリとナスでいこうかな、というところです。
で、ここからが本題です。
結局、権限を持っているかどうかなんですよね
今シリーズものとして、会社が倒産しました、という話をしていまして。前回はどういう経緯で倒産という運びになったのかを喋りました。今日はその続きです。
大前提として、僕はこの会社を倒産させる必要はないと思っていました。ただ、親会社が100%株主なので、僕には最終的な意思決定権がない領域だったんですよね。「20人の会社を5人まで削減して復活を目指してくれ」というオーダーが来たときに、僕は「それなら僕が先に辞めます」と答えました。自分より先に社員を切るというのが性に合わないですし、信念としてない。そもそも僕は資本主義ゲームをしに来たわけじゃないんですよ。
とはいえ、30代の頃は僕もめちゃくちゃそのゲームで戦っていましたし、それを正しいと思い込まなければやっていけない時代もありました。儲かってないときほどそうなるんですよね。攻略法を盲目的に勉強して、エコーチェンバーで概念が強化されていきます。当然起こります。
でも出発点に戻ると、僕が起業した動機は「会社をでっかくして、右肩上がりの成長をひたすら目指すんだ」という世界観に疑問を呈したかったから、というのがめちゃくちゃ大きいんです。27歳のとき、あ、これは起業するしかないな、という結論に至っていて。当時はうまく言語化できていなかったんですけど、今振り返ると、こういうことです。一つのビジネスモデルがあって、それがかなりの無理をしないと成長できないとなったとき、従業員の立場だと「それをやらない」という選択ができません。きつい仕事、嫌な仕事を断る権限がないんですよね。だったら自分がその権限を持つしかないじゃん、と。
原体験はもっと前、23歳くらいのときにあります。勤めていた会社の社長と真っ向からぶつかったんです。僕は「お客さんのために会社の利益をある程度削るべきだ」と主張して、社長は「それはダメだ」と。押し問答の最後に、僕は「それなら社長がやってくれ、僕は社長じゃないので」というようなことを言ったんですよね。これがどうやら取り違えられていて。そこまでの気持ちがないとか、実力がないとか、そういう意味で受け取られた気がするんですけど、僕が言いたかったのは違って、権限的にそれができないという意味だったんです。僕が社長ならやることを、あなたはやらないと言っている。だから僕には何もできませんよ、という。あの会話はやり直したいですけど、まあ今となっては。
要するに、権限を持っているか持っていないかは、めちゃくちゃ重要なんだ、と。目先の金だけを追う経営スタイルに全く共感できない、という経験が積み重なって、ある時「起業するしかない」に着地しました。自分の世界を持つしかないんだな、と割り切れてしまったのが27歳でした。
M&Aは、そのための一手だったのに
そこから20年。ちょうど今47歳です。理想の状態まで行けたかというと、全然そんな感覚はなくて、近年は赤字黒字を繰り返してずっと苦しかったです。だからこそ、レガシーな既得権益をドンと持っている大きな資本の傘下に入れば、多少理想を追うようなやり方でも会社を維持・拡大できるんじゃないか。そういう期待を持って、株式を売却したんです。相手は地方局としては大きいテレビ局のグループでした。
結果は、株式だけは持たれているけれど、十分な支援を引き出すことはやっぱり難しくて、折り合わず、会社を倒産させられてしまいました。これが現実です。
で、僕はこれに対して、悲しいとか落ち込んでいるとかではなくて、怒っている、というのが正しい感情表現なんですよね。たぶんお互い同じ言葉で表現できると思っていて、要するに「何のためにM&Aしたんや」です。僕のM&Aの目的は、無茶なやり方や、従業員・顧客への悪意を持たないやり方でも会社を維持・拡大できるという環境を作ることでした。親会社からすれば、営業支援をしてやれば拡大するポテンシャルがあると思ったから買った。そして最終的には「十分に営業支援したがはにま氏の能力が足りないので潰すしかなかった」というのが向こうの認識なんだろうと思います。僕の認識は逆で、営業支援が足りないから利益が出せなかった、なんですけど。
まあ客観視しているときは、しょうがないですね、倒産でよかったんじゃないですか、としか思わないんです。でも僕が一番怒っているのはそこじゃない。話の流れなんですよ。「このやり方の延長線上に利益はありません」と僕が結論づけた。すると「では全員削減で利益を出せ」というオーダーが来た。それは嫌なので、僕が退任すると、追従して辞めるメンバーも出るから、それで利益を作ってください、あとはオーナーシップを持つあなた方がやってください、と伝えた。そうしたら返す刀で「じゃあ会社を消しますね」と来たわけです。はにまさんがいないなら存在意義を感じないので潰します、と。
全くわからん。それはM&Aでやることじゃないでしょう。僕はもう経営者をやってきた人間なので、「転職してください」と言われても「何を言ってるんですか」という話になります。僕が欲しいならM&Aしかないわけですけど、事前にそこまでのコミュニケーションがあったわけでもないし、まあ言い訳に過ぎないな、という感じですね。
確かに、僕がいなければこの会社のガバナンス、つまり情報の整理収集から意思決定、実行に必要な人を動かすところまでの起軸が消えるのは事実です。それを担っていたのは僕でした。しかも僕は、ルールが持つ本来の目的しか見ないタイプで、ルールそのものにはよく反抗します。こういうスタイルで統治されてきた会社を引き受けて作り変えるのは労力がかかりすぎる、という判断になるのは、まあそうかもしれない。でも、まだやれることはあっただろうと思うんですよ。判断する前に少しやってみるとか、社内の相応の地位の人間を代表に据えてしばらく回してみるとか。僕が辞めて数人が追従すれば、赤字体質の根本脱却は難しくても、短期的には黒字を達成できたはずなんです。それをやらない。2年後3年後を見据えた行動です、と言われれば一理はある。僕がいないことによるパワーダウンは明確に起こるのはそうだけども、分岐した世界線の一つを捨てたんだよ、ということも同時に理解しないといけない。
それはリスクを取ってでも自分が良かれと思うものを守ろうとしてきた、僕の経営人生のコンセプトとは全く相入れない判断でした。だから僕は、感情としては怒っている。
相手側の事情も一応わかります。親会社だって経営が楽勝なわけじゃないし、業態も似ている。しかも彼らはウェブの表面、ブラウザに見える部分で売上の8割を作っている会社で、そこはまさにAIに置き換えられていっている領域なんですよね。僕はどちらかというと裏側が得意な構造なので、彼らのほうがAIへの恐怖は強いんだろうなと。抱えている人数も多い。そういう中で、自分本体じゃない子会社の世話をしている余裕はない、という判断になるのは、まあ一理はあります。
ただ、何の努力もせずに辞める、というのはやっぱり納得がいかない。M&Aのコンセプトに反していますから。約束、何回破ったんだよお前ら、と思ってます。しかも毎回謝らない。そのスタンスなら、お前が経営しろやと思ってしまいます。ね、怒ってます。理屈の上では相手の事情も理解しますけど、僕が個人的にめちゃくちゃ怒っていること自体は否定できない事実で、これは僕の自由意志によるものなので、ほっといてくれ、という感じです。怒りをぶつけてはいません。もう二度と関わらない人々と喧嘩してもしょうがないので、はいはいそうですか、それは違います、と淡々と無視している状態ですね。
面倒なことに、僕が代表である期間に倒産手続きが始まってしまったので、債権債務の整理が全部終わるまで付き合わなきゃいけないらしいんです。会社を閉じると決めた人が後処理してくださいよ、とはっきり言いましたけど、頼み込まれて引き受けてやってます。しかもあろうことか、雇われ社長の僕の給料は半分に減らされて、手取りが7万円とかになるという。ここまで引き受けているのは彼らのためではなくて、自分と、従業員だったメンバーのため。そして、より良い社会みたいなものを目指してきて、その手段として経営者をやってきたからです。企業家をやめたわけじゃないですしね。今もほら、新しい事業を起こしているわけで。
問題の観点はいくつかあるんですが、それは次回に。今回は、この件について僕がどう感じているか、という話でした。経緯を話さないとなぜその感情なのかが伝わらないので経緯も混ぜましたけど、結論としては、めちゃくちゃ怒っています。あともう1回くらい喋って、じゃあ今後どうするのかという話をしてシリーズを終わりにしようかな。生きていかなきゃいけないですからね。その後はまたくだらない雑談に戻ります。
※この記事はポッドキャスト音声データを元にClaudeが書き起こし、編集したものです。

